(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝H(エイチ)〟イ・ジョンヒョク監督(2003)

韓流、韓流って騒ぐ前に、わが邦画の文化ももっと大切にしろよな、と思わずぼやきたくもなる昨今の韓国ブームだが、〝AERA〟のミステリ映画特集がきっかけで『殺人の追憶』を見る機会を得て、韓国映画に対する認識を自分の中でちょいと改めた。ミステリ映画も少なくないみたいだし、意外とレベルも高いやもしれないという気がしてきたのである。というわけで、さっそく昨年レイトショーで公開されたらしい『H(エイチ)』を観てみることに。
ゴミ処分場で発見された女性の死体は、腹を切り裂かれ、そばには胎児の死体がころがっていた。さらに、乗合バスの座席で、首を切られた妊婦の死体が発見される。2つの殺人を同一犯と見なした警察は、事件の手口が1年前の連続殺人と酷似していることに気づく。しかし犯人としてシン・ヒョン(チョ・スンウ)という男がすでに逮捕され、死刑の判決を受けて刑務所の中にいた。
死刑囚のシン・ヒョンは1年前に6件の連続殺人を犯し、バラバラ死体を詰めたバッグを手土産に警察署へ乗り込み、自首をしたが、その後担当刑事のハンは自殺していた。ハンの恋人だった女性刑事のキム・ミヨン(ヨム・ジョンア)は、この新たな連続殺人の担当として、同僚のカン・テヒョン(チ・ジニ)らと捜査にあたるが、模倣殺人の線での捜査も決め手がなく、カンは獄中のシンに面会にいく。ところが、シンは刑事を煙に巻く発言で、カンは翻弄されるばかり。やがて第3の殺人が起き、現場に居合わせたカンは犯人ヨンテクを現行犯で逮捕するが、犯人はシンと同じ刑務所にいたことのある男だった。しかし、事件はこれで終わらなかった。1年前の連続殺人をなぞるような形で第4、第5の事件が発生し、ついにはシンがかかりつけていた精神科医のチュまでが犠牲となる。
ルーツを辿れば「羊たちの沈黙」や「セブン」に行き当たるのだろうが、わが国の「ケイゾク」などからの影響もうかがえる。1年前の事件の犯人が獄中にありながら、同じ手口の連続殺人が繰り返されるというシチュエーションはなかなか魅力的で、その過去と現在の接点をめぐる試行錯誤が、スリリングに描かれている。深読みする観客は早々に見抜くかもしれないし、真相はさほど目新しいものではないが、キム・ミニョンのクールな女刑事ぶりもいいし、秘密めいた雰囲気の中で、非現実的ではあるが、フィクションとしてのトリックは成立している。
ただし、結末はいささか暴走気味で、幕切れでのキムの行動も含めて、やや拙速な感じは否めない。脚本をもうひとねばりすれば説得力も出て、さらに完成度の高い作品になったろう。なお、DVDには映像特典としてボツになったもうひとつのタイトルバックが入っていて、これが非常に秀逸。物語の背景や、登場人物を実にうまく紹介している。なんで出来のいい方が没になったのか、理解に苦しむところだ。監督は、本作が初メガホンの

H[エイチ] 特別版 [DVD]

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。[★★★]

(ネタばれ)
警察は、精神科医のところに出入りをしていた男ヨンジンを真犯人と断定し、彼のいるアトリエへと向かう。しかし、追いつめられたヨンジンはキムとカンの目の前で自殺を図る。かくして、事件は解決したかに見えた。先の3件の殺人は逮捕されたヨンテク、あとの2件はヨンジンの仕業とされた。カンは事件から解放されて、彼を待つ恋人(と思われる)のもとへと向かうが、彼の手許には死刑となったシン・ヒョンからCDが郵送されてきていた。怪訝な思いにかられるカンだったが、砂浜で女と戯れるカンは一瞬われを忘れ、彼女の喉を切り裂き、殺してしまう。実は、シンは面会時に彼に事後催眠をかけて、連続殺人を示唆していたのだ。手がかりの見落としからカンが事後催眠をかけられ、指令発動のメッセージは携帯電話で送られてきていたことに気づいたキムは、あわてて彼のもとへと駆けつけるが、時すでに遅し。殺人現場で、シン・ヒョンにかけられた催眠術が頭をよぎり呆然と佇むカンを見つけ、射殺する。最後に、タイトルの『H』の意味が示される。〝HYPNOSIS ①催眠状態 ②催眠術 ③夢幻状態〟と。