(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝悪魔の唄〟阿佐ヶ谷スパイダースPresents

情けない。仕事にかまけて、前売りで買った平日のマチネをすっとばしてしまった。しかし、今回を見逃すとこの劇団の次の公演は、来年までない。こうなったら、当日券しかない!、というわけで、土曜日のマチネ、風がヒューヒュー吹き込む本多劇場の入り口階段に並びました。お陰さまで、パイプ椅子ながら、前から四列目の好位置をゲット。
ホラーだというのは、演目のタイトルから想像がついたけれど、観ていて彷彿とさせられるのは、三谷幸喜の『ヴァンプショー』でありました。といっても、内容もタイプもまったく違う。ストレートな芝居、散りばめられた笑いが、そう連想させるだけのことかもしれないが…。
舞台上のセットは、郊外にあると思しき洋館のホール。かなり大きな建物のようで、正面はガラス窓が多く、吹き抜けの右手には2階の部屋も見える。外は日が落ち、ホールの片隅には若い女性がひとりポツンと座っている。彼女の名は牧田サヤ(小島聖)。そこへ、騒がしい中年女の山本愛子(伊勢志摩)がやってくる。彼女は、サヤに電話を貸せ、としきりに迫る。やがて、彼女の夫山本壱朗(吉田鋼太郎)がトランクを引き摺るようにやってきて、心を病んだ愛子の療養のためにここへやってきたことが判る。自分の家にサヤがに居ることに不審を抱く壱朗だったが、やがて夫だという牧田眞(長塚圭史)が迎えに来て、不満顔のままサヤは連れ帰られる。
ところがその晩、兵隊の姿をした不審な人物が、まるでどこからか湧いたように現れる。やがて男は、この付近で戦士した兵隊であり、ゾンビとして甦ってきたことが判明。鏡谷(伊達暁)を名乗る彼は二等兵で、彼に続いて平山上等兵(山内圭哉)立花伍長(中山祐一朗)が復活。立花は壱朗から日本の敗戦を知らされ、ショックを受ける。山本夫妻と騒動を繰り広げるが、ゾンビたちは陽の光に弱いらしく、夜が明けると物置へ隠れてしまう。
翌日、愛子の弟朝倉紀行(池田鉄洋)が壱朗には任せておけないと、愛子を連れにくる。夜になり、物置から出てきたゾンビたちに驚く紀行。やがて、ゾンビたちは愛子を味方につけ、壱朗に要求を突きつける。それは、爆撃機を一機用意しろ、というとんでもない内容だった。
阿佐ヶ谷スパイダースは巷での評価もじわじわ上がってきている若手劇団で、どうしても観ておきたかったわけだけれど、多少無理した甲斐は十分にあった。戦争をテーマに、男女のすれ違いの物語を複数からませるという、堂々たる芝居に仕上げている。一場2時間40分の舞台をすっかり堪能させてもらった思いだ。
個々の役者の達者な芝居については割愛させてもらうにしても、やはり長塚圭史演じる牧田の不思議な存在感は特筆に値する。サキ役の小島聖も、楚々とした佇まいが、きちんと彼女の役柄にきまっている。
実は、この夫婦も死者なのだが、長塚の脚本は、この死者とゾンビの違いをルール化して、物語を組み立てている。ゾンビには腐敗する肉体があって、死者にはない、とか。しかし、それがやや未整理な印象がある。まぁ、ストーリーの流れに乗せられると意外に、その瑕疵はあまり気にならないのだが、その違いが物語の根幹にかかわっているので、もう少し丁寧な作りがほしいとは思う。
ホラーということで、派手であざとい演出もあるが、それがきちんとショーアップされたものになっているあたりは非常に上手い。しかし、心に迫ってくるのは、それぞれの思いが皮肉な形ですれちがっていく山本夫妻の関係や、そして生前許婚者同士であった立花伍長とサヤの間柄だ。自分の浮気がきっかけとはいえ、妻と修復できない溝を作ってしまった壱朗のジレンマ。そして、立花とサヤの間にも、牧田という第三の人物が存在し、その彼がサヤに寄せる思いも切ない。終盤、物語の収束に向けて畳み掛けてくる展開の中で、なんといっても観客に強烈な印象を残すのは、結局幽霊譚よりも恋愛という名の人間関係の悲劇なのである。
ともあれ、濃く充実した舞台を見せてもらった。幕切れの効果音も、その舞台をしめくくるに相応しい演出だったと思う。
■データ
マチネ(当日券)/下北沢本多劇場